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前田義昭という名の写真人の独白

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小咄.26 討論会 —スミオのひとりごと250 No.350—

インタビュアー「私的メール問題で攻勢にたてましたか」
トランプ候補 「指摘しようとしたらヒラリーとかわされたよ」

2016.10.11











by y-lu | 2016-10-11 14:16 | 小咄 | Comments(0)

オリンピックの種目にどうして野球なのか —スミオのひとりごと249 No.349—

 オリンピックなどそもそも開催しなくてもいいのに、2020年の東京大会で野球が種目に入ったらしい。
 だいたい野球とソフトボールがひとくくりになっているのが気に食わない。野球とソフトボールは似てはいるけど全然別のものと考えていい。ひとくくりにするなんて双方に失礼だ。ソフトボールはいいとしても野球はいらない。全世界的にみても野球をしているところは南北アメリカにアジアがメインであとは限られている。WBCですらアメリカは積極的ではないのに、わざわざオリンピックなどに力を入れるわけがない。大リーグ以外に世界選手権などあり得ないと思っているからだ。やるなら大リーグチャンピオンにアジア(オーストラリア含む)、南アメリカのそれぞれのチャンピオンが覇権を争うほうが面白い。
 実際、オリンピックの野球をみて面白いと思った事はない。それはやはり、やる人もみる人もオリンピックの舞台が一番と思っていないからではないだろうか。しかも、開催時期の関係でセ・パのペナントレースを中断してやるらしい。本末転倒の感がぬぐえない。
 今のオリンピックはあまりにも種目を拡げすぎている。ワールドカップやデビスカップがあるサッカー、テニスもいらない。ゴルフも同じだ。ゴルフのオリンピック金メダルがどれほどの価値があるのか。あまににも拡げすぎると全体的にも冗長になってしまらない。いかにもオリンピックらしい昔からの種目だけでいいと思う。加えるなら綱引きが面白いのではないだろうか。原初的でこれならどこの国でも参加できるし、単純だが実に見応えのある種目だ。短距離競走が理屈抜きに面白いのと同じだ。
 ことほどさように、すでにレベルの高い世界大会がある種目はそれ以上のものにならないし、観客もそういう目でみる。オリンピックならではの種目をもっと大事にすべきだ。そんなこんなでこんなことをやっていると、“オリンピックはもういらない”につながってくるのではないだろうか。

2016.10.8










 
 

by y-lu | 2016-10-08 15:25 | 日常雑感 | Comments(0)

オリンピックありきがすべてのひずみを生んでいる —スミオのひとりごと248 No.348—

 おれがおれがと寄ってたかって甘い汁を吸おうとしているところへ一人の女が「ちょっとまってよ、税金でしょ」と言って初めてまともな感覚で割り込んできた。これで腹の虫が収まらないのが森喜朗という元首相だ。新国立の予算が高騰した時「三千億くらい出せないのか」と言い放ち、他人の金は自分の金と思う事に人後におちないこの男は邪魔者が入ったことで計画が頓挫し当たり散らす。
 ここにオリンピックの本質がよくあらわれている。まともな人間が考えたら今の日本ではオリンピックどころではないというのが正論だろう。財政が潤うどころかますます圧迫し国民の生活が苦しくなる。オリンピックは東京でなくても他の都市でもできる。小池の本音はオリンピックをやりたくなかったのではないかと推量する。ボクは以前からオリンピックはやるべきではないという意見だった。1964年当時と今の日本ではぜんぜん事情がちがっている。あの頃は今の年寄りが多い時代とは違って若者のエネルギーがあふれていた時代だ。オリンピックで景気をつけて全国民で盛り上がろうという時代とは違うのだ。あの時の夢をもう一度ってことだろうけど、そういう古典的な考えは通用しない時代になっていることが分かっていないんだね。勘違いの筆頭はいうまでもなく石原と森だ。
 この二人のオリンピック亡者はとにかくやりたいらしい。日本国民にはあまりメリットがないのに。石原はそれでも当初コンパクトオリンピックにすると言っていたが、つい最近7000億の見積もりがこのままいくと3兆円を超えるという試算がでたばっかりだ。呪われ始めは新国立競技場とエンブレムのコンペだった。またオリンピック担当大臣が二人目に代わった時、こんな八百屋のおっさん風で大丈夫かと思っていたら、いつの間にか元アナウンサーのおネエちゃんに代わっていた。パンツを盗んだ大臣がいると内閣のイメージが悪いので改造したのだろうが、それだけだと見透かされるのでついでに代えたのだろう。八百屋がアナウンサーに代わっただけでどっちにしろさえない。こういう事態を一番喜んでいるのは官僚だ。その道に精通した大臣が5年10年とやり続ければ官僚はびびって好き放題はできない。
 石原はつねづね発想力が大事だと言っているが、それがオリンピックに行き着くのか。豊洲市場の問題では言ってはいけない「知らなかった」を平気で言う。政治に突っ込まず文学青年でいたら晩節を汚すこともなかったろうに。まさに落ちた偶像だ。
 オリンピックにしろ豊洲にしろ日本無責任劇場が開演してしまった。もうどこを探しても昔の日本人はいない。

2016.10.1













 




by y-lu | 2016-10-01 10:32 | 日常雑感 | Comments(0)