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前田義昭という名の写真人の独白

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政治を家業にしてはいけない —スミオのひとりごと200 No.300— 

 代々政治家をつとめる一家を、ボクは家業政治家と表現しているが、他の人がつかっているかどうかはしらない。
 その意味は、老舗の子々孫々が能力如何に関わらず当主としておさまるのと同じとらえ方だ。いまの日本は政治においてもそれが慣習化している。親が死んでそのまま息子や娘がでてきたり、夫が死んだら妻が出たりする。それも自民党が顕著だ。政治のことなどなにも知らない娘が選挙区でワインを配り、支援者を観劇に招待し不明朗な会計で顰蹙をかったり、夫の身代わりで政治家になった妻が路上で同僚議員とキスをしたりとかこの手の質の悪い政治家には枚挙に暇がない。
 いちばん厄介なのは安倍晋三のように権力を我がものにしている家業政治家だ。これは最もたちが悪い。創業者岸信介(実弟は元首相佐藤栄作)から始まり安倍晋太郎を経て安倍晋三へと連綿とつづく政治家業一族だ。自民党を牛耳る安倍は先頃アメリカで安保法制を今国会で通すと大見得をきった。今やすべて自分のいいなりになると過信しているふしがある。先日民主党の辻元(この議員も声を張り上げる下手なパフォーマンスばかりだ。社民党時代に秘書がらみの不祥事で泣いてごまかそうとした顔が笑っているように見えたのには笑ってしまった)の質問時の対応を見ただろうか。「はやく質問しろ」といった時の表情にこの人間の本質を垣間見ることができる。お前のような小劇場の役者くずれみたいな議員など相手にしたくないといわんばかりで、俺とは出自が違うんだという態度があからさまにでていた。まるで日本国の当主気取りで、一族以外の日本国民はすべて従業員だと思っているのではないだろうか。かつて田中眞紀子が人間には二つに分けられ主人と使用人だけだといったらしいが、同様の感覚でしかない。これが家業政治家の本質で最も危ういところだ。ジバン・カンバン・カバンで敷かれたレールに乗せられ難なく議員になってでてくる。これがものをいう日本ではいくら優秀であっても門外から台頭しにくい。中央・地方にかかわらずこれが日本政治の一番脆弱なところだろう。橋下のような新しい血がもっと入らなくてはならないが、それもマスコミで名を売るというプロセスを経ていた。(つい最近安倍と会合したらしいが、ここでおいしいエサにとびついたら自らの立脚点を失うだろう) 家業政治家がすべてよくないといっているわけではない。なかには能力のある人もいるが弊害の方が多い。大事なのは、こういう人たちに一票を投じたのが選挙民のあなたたちだということを忘れてはならない。
 安倍には哲学がない。六十年安保改定をやった祖父の“アメリカ命”の信念を頑なに貫こうとしている。幼少よりのこの教えが呪文のように安倍を支配している。たしかに日米安保条約が日本の経済発展のバックボーンになったところはあるだろう。しかし今は世界情勢が変わっている。相対的にアメリカの力が低下した現在、自分たちが日本におしつけた憲法をないがしろにしてまで我が国に戦力の分担をさせようとしているだけだ。それでも“アメリカ命”でいいのだろうか。憲法学者に聴くまでもなく専守防衛から踏みだした集団的自衛権はあきらかに現憲法から逸脱している。やりたいなら国民の合意のもとに憲法改正の手続きを経てやれといいたい。
 アメリカ一国に運命を託す一家の伝統的で単純な考えしか安倍にはないから哲学がないといったのだ。もっと全方位外交で国の安全を探るべきではないのだろうか。憲法などあってなきがごとくのこんなやり方をすれば、アメリカの戦略に翻弄され国家存亡の危機を迎えかねない。いつかはアメリカに梯子をはずされ、頭越しに中国と手を結ばれる可能性もある。なんだかんだいわれても日本は70年間戦争をしなかった財産をもっと大事にすべきだし、これを世界にもっとアピールすべきだろう。ボクはこの憲法第九条の理念を、集団的自衛権を認める解釈など入り込む余地のない確固としたもの、誰が読んでも同じ解釈の条文に変えたらいいと思っている。言葉たらずなら改めるべきだ。
 家業政治は日本だけではなくなってきた。次のアメリカ大統領選ですらその様相を呈してきた。一方は元大統領の夫人で、もう一方は元大統領の親父と兄をもつ弟が出馬する。二億人以上もいる国でさえこんな状況だ。どう考えてもこの二人がベストとは思えず、もっと他に有能な人材がいるのではないだろうか。日本もアメリカも末期的症状という意味では同じかもしれない。

2015.6.16
by y-lu | 2015-06-16 11:14 | 日常雑感 | Comments(0)