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前田義昭という名の写真人の独白

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スミオのひとりごと.191 No.251

選挙が終わって、いつものむなしい気持ちをあじわった

 相も変わらずの結果で何をかいわんやだ。
 東京一区で投票したい人や党がなかったので、小選挙区・比例区共ボクは無効票を投じた。野党では共産党だけが気炎をあげた。共産党にはいいたいことがあるので次の機会に書く。小渕優子の選挙事務所や街頭で支持者が励ます騒ぎをみた。選挙民が所詮この程度なのはいまさらがっかりすることもないが、日本はおめでたい国だとつくづく思った。うちわの女性候補も同じだ。
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 また安倍はこれから景気をよくすると大口をたたいたが、こんな不景気なツラでどうして景気が良くなると思っているのだろう。景気というのは文字どおり気分が支配する。国民がその気にならないとだめなんだ。いくら札をジャブジャブ刷ったってだめなんだ。国民の財布の紐をゆるめる気分にさせなきゃだめなんだ。そのためにはそういう人物がでてこなきゃだめだし、でた瞬間に世の中ガラッと変わる。いつまでもこういう古典的な手法でやってるかぎり経済は活性化しないし景気はよくならない。あほらし。

2014.12.20











 
 
 
by y-lu | 2014-12-20 09:10 | 日常雑感 | Comments(0)

スミオのひとりごと.190 No.250

入れたい人がいないなら、誰の名前も書かなくていい

「なんでやねん」といいたくなる安倍の解散だ。
 この悪賢い男(それが顔にはっきりとでている)はさらなる安定政権を築くため抜き打ち策にでた。もし民主党をはじめ野党に受け皿が整っていたらこんなことは絶対にできない。今なら大阪の橋下も出られまいと読んでいた。なぜなら安倍は全国にうってでた時の橋下が旋風を巻き起こすのが一番こわいと思っているからだ。それほどしたたかな計算のもとに解散は強行された。つまりこの解散は安倍個人の利己的な理由だけのためだ。
 安倍政権はマイノリティ(少数)奉仕内閣であり、レーガノミクスをパクったアベノミクスなんて訳のわからぬ言葉で煙にまき、マジョリティ(多数)をますます切り捨てる政策を実行した。それは格差をより拡大する政策にほかならない。第三の矢などといって物価高に苦しんでいる庶民の心臓を射抜いて完全に息の根を止めようとしている。その反面、円安株高の恩恵をうけた大企業はますます内部留保を蓄積してさらに太ろうとしている。そのうえ法人税を下げてまで大企業優遇政策を加速しようとしている。
 かつてボクはこのブログで、安倍がインフレ政策をとらなければ経済は良くならないといっていた時、今のデフレのままの低値安定の方がいいと書いた。この物価高を目の当たりにしてほとんどの人はインフレ策が間違っていたと思っているのではないだろうか。ボクはアベノミクスではなくアベノリスクだといったが実際にそうなっている。
 先だって惜しくも亡くなった菅原文太は高倉健とちがって政治的発言をする人だった。その発言内容にボクは好感をもっていた。先の沖縄知事選の応援で政治家の役割を “国民を飢えさせない” “戦争をしない” この二つを強調していた。しかし、安倍のやってきたことはこれに逆行しさらにアクセルを踏もうとしている。また菅原は原発にも反対の意見だが、これも安倍は止めようとしない。忸怩たる思いで今の日本を憂い最期を悟ったうえでの発言だったのだろう。もう成長しなくていいというニュアンスのこともいっていた。安倍のおし進める無理な成長社会に対する牽制だろう。そのとおりで日本はそれより成熟社会を目指すべきだ。たとえばスウェーデンのような安心感のある国家を目指すべきだと思う。このままいくととんでもないことになるといった危機感を皮膚感覚としてとらえていたのだろう。この考え方は若い人たちへの遺言ととらえたい。
 さて、本題の衆院選のことだ。安倍の率いる自民党には入れたくない。さりとて前政権の民主党も力のなさを露呈した。だいたい自民党を独走させたのは民主党の責任じゃないか。さりとてさらなる生活苦にする自民党やそれに追随する創価学会公明党に投票するのはやはりいやだ。じゃ、入れるところがないから棄権しよう。ちょっと待ってほしい。もう一つの投票行為がある。それは投票用紙に誰の名前も書かないという選択だ。誰かの名前を書かなければいけないと思うから棄権したくなるんじゃないだろうか。だったら投票に行って白票か好きな事を書いて無効票を投ずべきだ。与党も野党もこれを一番恐れているのだ。今回の選挙では国民の力で不成立にして、誰も当選させないパワーをみせつけてほしい。あれほど約束した議員定数・歳費削減をまったくやらない政治家たちに鉄槌を打ってほしい。消極的な一票でも候補者の名前を書いたら一票にかわりはない。
 60年安保の頃のデモ行為は数と力があってパワーになりえた。国民の力をみせつけるのはデモだけではなく、今述べてきたように投票行為をとおして国民の怒りをぶつけることができる。たった一枚の紙だって爆弾になりうるのだ。選挙不成立で誰も選ばれなかったら世界への衝撃ははかりしれない。このような事態になった時こそ初めて候補者たちは目を覚ますだろう。でなければ、世界一収入が良く特権を享受できる職業政治家がいつまでも跋扈しつづけるだろう。

2014.12.11
by y-lu | 2014-12-11 15:26 | 日常雑感 | Comments(0)