人気ブログランキング |

前田義昭という名の写真人の独白

<   2012年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

スミオのひとりごと.50 No.110    

半ちゃんカメラの中で邂逅したユニークな看板たち
c0179267_17572684.jpg
 たまたま続けさまに出会った目を引く看板です。
 どちらもユニークでつい撮りたくなってしまいます。壁から馬が尻を出している看板の店は、麻生元首相がよく食事に行くところらしいです。ボクは行ったことがありません。右の店は世界各国や日本にも何店かあるカジュアル・レストランのチェーン店ということです。ここも行った事はありません。
 こうやって偶然看板が並ぶとなかなか面白いと思いました。あくまでも意図しないところにこだわるのが半ちゃん写真です。隣どうしに写っていなくても、今のデジタルならばカメラのなかで簡単に編集できてしまえるのでしょうが、ボクにとってはそこが逆に面白くないところです。なんでもありは、かえって創作意欲を減退させます。デジタルに慣れている世代の人は不思議に思うかもしれません。
 アナログ・カメラで偶然にこだわるこの作業は、古いと思われるかもしれませんがここに写真の面白さの神髄があると信じています。                                                          (撮影に使った半ちゃんカメラは、フジカ-ドライブ 28㍉ f2.8)
2012.3.27
by y-lu | 2012-03-27 13:57 | 半ちゃん写真 | Comments(0)

スミオのひとりごと.49 No.109

スミオとポポタンのストーブ談義 2

 スミオとポポタンがストーブにあたっています。後ろからそっと近づいてみると、誰もいないと思って二人は話に熱中しています。
c0179267_1210174.jpg
スミオ 「お水取りも終わったっていうのにまだ真冬の寒さだ」
ポポタン「なにお水取りって」
スミオ 「ばかだな。おまえ知らないのか。東大寺二月堂の行事の修二会のことなんだけど、一般にはお水取     りでとおっているんだ。3月12日がクライマックスで欄干の下に集まった群衆にかご松明の火の粉     を浴びせかけるんだよ」
ポポタン「ヒェー、そんなの浴びせかけられたら火傷するじゃないのよ」
スミオ 「びっくりしたのか。火傷どころかみんな競って浴びようとするんだ」
ポポタン「猫のあたいにはわかんない」
スミオ 「1200年以上続いている歴史的行事なんだ」
ポポタン「ヒェー、こんな変なことが」
スミオ 「またびっくりしたな。話を先に戻すけど、これが終わると暖かくなっていくっていうんだけど一向     にその気配がないよ」
ポポタン「今年の冬は特に寒いらしいけど、あたいたちにはこのストーブがあるから安心ね」
スミオ 「外にいる仲間は寒いだろうな。おいらたちは恵まれてると思わなきゃ。これだってただじゃないん     だぞ」
ポポタン「それでいつも半分しかついてないのね」
スミオ 「半分だってつけっぱなしだから大変なんだ。おばちゃんがガス代が高いって言ってたよ」
ポポタン「その分、おまんまが少なくなるってことはないよね」
スミオ 「ははは、おまえは心配性だな。ところでおっちゃん胃の調子が悪そうだな。逆流性の胃炎って食道     に胃液がさかのぼってくるんだ」
ポポタン「ヒェー、キモチ悪りー」
スミオ 「今年は写真展をやるらしいから体調をととのえておかないとね」
ポポタン「どんな写真?」
スミオ 「ドイツとかで撮ったやつらしいよ」
ポポタン「おっちゃん、いつドイツへ行ったの」
スミオ 「おまえの来る前だ。そういうおいらだって前田家にまだ来てなかったよ」
ポポタン「その頃、商店街をうろついてたんだって。おっちゃんが言ってたのを聞き耳をたててたんだ。もう     少しで保健所に連絡されそうだったらしいわね」
スミオ 「言わないでくれ。涙がちょちょ切れそうになるよ。おいら危なかったんだ。話を戻そう、おっちゃ     んの写真の話に」
ポポタン「個展やったって売れないんでしょ」
スミオ 「それを言っちゃおしまいよ。まあ実際そうだけどね。写真は売れないんだよ」
ポポタン「売れる写真撮ればいいじゃない」
スミオ 「そりゃポポタンの言うとおりかもしれないけど、これがなかなか一筋縄でいかないんだ」
ポポタン「まるでおっちゃんみたいな受け答えね。暗中模索の時間が長過ぎない」
スミオ 「そこなんだ。それが分かってりゃ苦労はないやね」
ポポタン「おっちゃん、半ちゃんで一旗あげようと思ってんのかしら」
スミオ 「そこなんだ。おっちゃんの心中は知る由もないからね。力を入れているのには違いないけどね」
ポポタン「ストーブが暖かくてあたい眠くなっちゃつた」
スミオ 「おいらもだ。おっちゃんの写真より眠気には勝てないよ」

2012.3.15




                         ☞ ジャズ小説「夏原悟朗の日々」もご覧ください。


by y-lu | 2012-03-15 10:05 | スミオとポポタン | Comments(0)

スミオのひとりごと.48 No.108

キヤノンの半ちゃん
c0179267_1095296.jpg
 キヤノンの半ちゃんはボディがアルミ製が多いのですが、これは初期のもので真鍮製です。
 角が丸みを帯びた独自のデザインで他社との差別化をはかっています。ハーフの割には大きいのですが、角丸のスタイリングのせいか意外にそれを感じさせません。ストラップの付け方も他社との違いを主張しています。底の三脚ネジ穴に付けるストラップなのですが、出っ張っているのでそのまま立てて置くと不安定で倒れやすいのです。このへんはアイデアだおれかもしれません。やはり通常のアイレットの方が良かったのではないかと思います。
 今所持している個体は、露出計が毀損していますのでカンでの露出です。シャッター速度と絞りがセットになっているプログラム・シャッターですから、被写体を見て絞りの数値をカンで決めるとそれに応じた速度で切れるわけです。その逆もあります。これでまあまあ撮れているので特に問題はないようです。この時代のカメラは、内蔵露出計が動いているものでも正確な数値が得られるのは少ないようです。むしろカンの方がいい結果になることも屢々です。もっともボクはモノクロ・フィルムでの撮影がほとんどですから、こんなアバウトなことが言えるのかもしれません。カラー・リバーサルで撮っている人には乱暴なやり方かもしれません。
 写りはシャープ(No.105参照)で、気に入っています。そうはいっても各社の描写の違いはそう際立って判るものではないというのが、ボクの偽らざる心境です。他の人のブログを拝見すると微に入り細にうがってレンズの特性を述べている人が多いので感心してしまいます。繊細で柔らかい描写だとか、カリカリしたトーンだとか、とてもマニアックなとらえかたをしているのです。ボクにはどうもそのへんのニュアンスをとらえられず入っていけないところがあります。同じレンズでも個体差があり、フィルムや現像処理の仕方、焼き付けなどでも大分違ってくるはずで、確固たる評価は難しいのが事実だとおもうのですが。
 半ちゃんカメラで撮り出して一年ちょっとくらいになります。このハーフによるボク独自の表現スタイルを、少しづつ前進させてみたいと今一度考えているところです。

2012.3.12







  
 
 
by y-lu | 2012-03-12 16:56 | 半ちゃん(ハーフ)カメラ | Comments(0)

スミオのひとりごと.47 No.107

3.11によせて

 早いものであれからもう一年です。
 未曾有の大震災でした。未だに余震は頻発し、東京でも毎日のように揺れています。近い将来どこかでまた大きな地震が起こるのは必定です。人間がそれを阻止することはできないのですから、津波や火災等の被害をできるだけ小さくするように自分自身で対処するしかありません。
 東日本で津波等による甚大な被害をうけ多くの方が亡くなられました。同時に原発の危険性が現実の問題としてあぶりだされました。それまでの地震では原発まで破壊されることはありませんでした。日本国民は初めて原発の怖さを知ったのです。それまでは、さもあるかのような安全神話を半信半疑であっても容認していたように思います。ボクもそうでした。危険なことは承知していましたが、つっこんで安全性を調べるわけでもなく、小出しの曖昧な情報で国や電力会社の口車にのせられていたわけです。危険性を指摘する反原発学者の高木仁三郎は疎んじられていました。
 しかし、これではっきり解ったことは、いったん事故が起こればエンドレスということです。撒きちらされた放射性物質は一定の年月を経なければ消滅しません。なかには何万年という気の遠くなるような放射性物質もあるようです。それも半減期の数字だというのです。いつも思うのはどうして半減期という表現なのでしょうか。それをどうして算出するのかも不思議です。
 要するにいったん拡散してしまったら、取り返しがつかず人間の手に負えないのです。除染をやったところでそれが移動するだけです。放射性廃棄物の処理方法すら確立できていないのですから。人間は自然界にない危険な物質をつくりだしてしまい、いわば神の領域に手を突っ込んでしまったのです。
 武田なんとかという想像力が欠如した学者が、安全性が確保された原発なら今後も活用すべきだとテレビで発言していました。200年後くらいにはそうなっているだろうとも。こいつはバカじゃないかと思いました。今回の事故でボクらのような素人ですら“安全な原発などない”ということが明々白々となったのです。声を大にしていいたい。“安全な原発”などとは言葉の上のものでしかありません。ここをはっきりとさせて肝に銘じなければだめです。学者ならば“原発の存在自体が危険である”とはっきりと明言すべきです。
 原発の破壊は地震やそれによる津波だけではありません。現にスリーマイル島やチェルノブイリの事故は地震によるものではありません。運転員の誤操作、操縦不能になった飛行機の激突、戦争の際の爆撃、テロ、隕石などの落下物などの想定できるものと、まったく想定外のものが考えられるはずです。(ちなみに福島原発への津波の大きさは想定外というより想定したくなかったが正しい) 日本人は能天気ですから戦争などないと思っているかもしれませんが、どこかの国が攻めて来ないという保障などどこにもありません。アメリカが助けてくれると思っていたらとんでもない事になります。
 その点、ドイツは福島の事故をうけて脱原発の舵をとったのは適切で正しい判断です。安易な原発より自然のエネルギーを転化する方策を考えるべきです。無責任の極みの東電が原発を使わなければ、電力の供給制限や値上げをしなければならないとアナウンスしていますが、そんなことはありません。原発を正当化するための方便です。それによる利権の構造を保持したいがためです。国民の安全のことなどこれっぽっちも考えていません。原発にたよりすぎて他の発電開発をなおざりにしてしまったため二重のロスとなってしまったのです。人間が知恵をだせばいくらでも安全な他の方策を考えるものです。
 原発を使わなくともとりあえずは旧来の発電方法でまかなえます。東電をはじめしきりに電力不足をアピールしていますが、危機意識を煽って原発を正当化するための理屈でしかありません。じじつ関電も同様なことを言っていたのに原発抜きで夏を乗り切れたと大阪の橋下が発言していました。
 これは社会保障一体化の消費税アップの議論と似ています。これだってマスコミのコメンテーターらの発言等でさんざん摺り込まれて、信じてしまっている国民が多いのです。日本人は人がいいのか疑ってかかる人が少ないのです。国家は平気で嘘をつきます。だまされてはだめです。財務省のマインド・コントロール下にある野田首相は、ボクには官僚が操る腹話術坊やのようにしか見えません。
 少し脇道にそれてしまいましたが、先の大震災は原発を廃絶するいい教訓になったとらえるべきではないでしょうか。〈覆水盆に返らず〉です。

2012.3.5
by y-lu | 2012-03-05 11:25 | 日常雑感 | Comments(0)

スミオのひとりごと.46 No.106

届く言葉を持たない政治家たち

 大阪で政治家に転身した橋下徹という人の発言を聞くにつれ、国政政治家たちがいかに届く言葉をもっていないかをつくづく感じさせられました。
 先だってテレビ東京に出演した野田総理の発言を聞いていましたが、結局のところ何を言ったのかボクの耳にはひとつも残りませんでした。何だかんだとぐちゃぐちゃ喋っているのですが、結局何も届いてこないのです。小沢にしても、これほど言行不一致な政治家も珍しいと思います。以前からのテレビ発言ではけっこういい事をいっていると感じたものですが、やっていたことは出所がはっきりしない金で不動産を買い漁っていただけです。それも秘書の宿舎にするといって建物・土地を手に入れているわけですから首を傾げざるをえません。俺は天下国家を論じる政治家だと大言を放ち、一方では自身の政治資金管理団体の億にものぼる出入金を秘書にまかせて、一切チェックしていないそうです。自己の政治資金すら他人まかせの人間に、どうして何十兆もの国家予算の配分をはじめ、難問山積の天下国家をまかせられるのですか。この男は本当に頭がおかしいのではないかと思いました。
 一議員あたり歳費を含め年間1億ほどの経費が使われる国です。ぬるま湯につかりすぎているのです。こんなおいしい特権があるなら手放せなくなり、世襲したくもなるでしょう。政治が職業化しているのです。言葉に力がないのが当然です。それに較べて確実に届く言葉を持っている橋下は、ある意味素人だからいいのです。我々と同じ立ち位置で、単純におかしいと思う事をひとつひとつ洗い直して行こうとしているからです。既成の政治家のように役人の言う事を鵜呑みにして、スルーしない姿勢が改革につながっていくのだと思います。
 以前ボクは税収以上の国債を発行するのはだめで、税収だけで予算を編成しろと書きました。橋下も同じ発言をしていました。そうすれば、国家公務員をはじめ天下り先の独立行政法人などに予算が回らないから、自然と無駄遣いがなくなるのです。国家公務員や大都市圏の地方公務員は優遇されすぎています。だいたいこれら公務員の給料は今の半分で充分です。また人数も今の半数で機能できます。この条件にするからいやなら辞めろといっても絶対に辞めません。役所はおいしい職場だからです。ほとんどの公務員は遊んでいます。
 役人なんか何人いてもまったく生産性がありません。むしろ多くいる方が民間の生産性を阻害するのです。政治主導なんて偉そうに言っていた民主党は何ですか。結局官僚のいうままに従うていたらくです。そりゃ長年同じセクションで専門家している官僚の方が知識が豊富なのは当たり前なのです。しかし、この連中には今まで積み重ねられた既成知識しかありません。いわばコンピュータに入れられたデータと同じです。混迷を突破するアイデアがないのです。それをやるのが政治家の度量や力なのです。大阪の橋下にはそれが備わっているから言葉に力があります。
 今の防衛大臣は何ですか。おどおどした顔を見ているだけで自信がないのが判ります。目白の豪邸で「ババ、もっとしっかりしなくっちゃ」と鬼嫁の晩酌を受けながら「こりゃ、またママに一本とられたな」なんて頭をかきながら言っている図が見えてきます。
 次期総選挙が取りざたされています。こんな体たらくな政治家を拒否するいい方法があります。選挙に行かない。いいえ違います。それなら誰かが当選してしまいます。選挙に行って候補者の誰も当選させない方法です。これをやられるのを政治家や官僚が一番恐れているのです。どういう方法かは、衆院選が現実になったらあらためて書きます。

2012.3.1
by y-lu | 2012-03-01 12:45 | 日常雑感 | Comments(0)